個人主義の諸問題と自己超越主義について
概要
別ページから分離させる形で作成.
公開.
このページでは個人主義に巣喰うエゴの諸問題について扱いたい。 自由とシステムについての試論と関係があるが、特に前提条件は設けず理解できるように分析する。
その後、エゴを遠ざけながら諸問題への解決の糸口を提供する、思想的態度を提案する。
定義
- 全体主義
- 国家を構成する国民の価値の最上位に、その国家自身を置くことを目指す思想。
つまり国民に自己よりも国家を優先させ、そのための統制力を国家が行使する。 - 広義の個人主義
- 全体主義による人権の制限や侵害、世界大戦への反省として、国家が国民の価値に介入せず、個人に自己決定の権利を与える思想。
人種や地位によらず、人々は平等に尊重されるべきであると規定する。 - (狭義の)個人主義
- 意識的・無意識的を問わず、自らを自身にとって最重要視すること。
自分より重要なものはないとする思想。
問題の根源: エゴの肥大
前章で示したような問題は、それぞれ原因となる個人の状態が、エゴによって解釈されることで起こる。成功しようと失敗しようと、立場が高かろうと低かろうと、エゴがはたらく限り関係なく人々を蝕む。
成功者が言うほど、人は努力だけでなく運や環境に左右されるし、平凡な人が言うほど、社会が悪い1わけではない。
成功の後に巨万の冨を築いた人でさえ、エゴに基づいた考えで生きていると、金に眼の色を変えた人々にばかり近寄られることへの嫌悪感や人生の空虚さに満たされるばかりで、達成感や感謝の念はすぐさま消え失せてしまう。
どのような人であろうと少なからずエゴを持つなら、時代を問わず前章のような問題があったはずであるが、現在ほどエゴが原因の問題が社会的に大きな影響を持つことはなかった。
それは社会的な制限が大きかったからであると考えている。
世界的宗教が道徳的価値観を内包した狭義を持っていたり、現世の利益よりも人徳が重視されたりしたことが人々のエゴを強制的に抑えた2ため、人々は慎しさを美徳として生活できた。
そこから世界大戦へと向かうために、権威・権力の強制力を国家の軍事力へと転用したことで国民皆兵を実現した。
数え切れない人命の喪失と人権の蹂躙の反省のもと、強制力を制限する諸制度と、人間の平等を掲げる広義の個人主義を多くの国々が採用した。
その当時は、まさかここまで多くの人々がエゴに塗れ、それを社会や周囲の人が正当化し、慎しさを古い価値として顧みなくなるとは思わなかっただろう。
エゴが身を滅ぼすほど人々が豊かではなかったことも大きい。
しかし現代の技術発展・娯楽の多角化はどちらも、エゴが喜ぶ価値に訴求するものばかりである——より楽に、より特別に、より稀少に、より気持ち良く。
なぜなら、それこそが利益の最大化を目指す資本主義社会で生き残り、優秀な人材を高値で雇い、株主に評価されるために必要だからである。
エゴの訴えるまま人々が生きていくとどうなるか。
- 互恵性の崩壊・競争の激化
- 地位・立場の絶対視
- 極端な孤立主義
エゴの最大の敵: 死
エゴの特徴を見てきて、人に言い訳や自己擁護の隙を与える強力な感情・思考・物語的機構であることが伝わったと思う。
そんな自己保存的なエゴにも弱点がある——死だ。
エゴは自己の保存のためにあらゆる手段を用いるが、そのどれを以てしても死は避けることはできない。
それはエゴにとって最も不都合な事実であるため、エゴは全力で死について考えることを阻止させ、延期させ、悪事であるように仕向ける。
自身が死ぬことについて考察すると以下のことが導けるはずだ。
- 生きている間に得た利益・栄誉・賞賛・人間関係は、死後も所有することはできない
- つまり他人のものか、誰のものでもなくなる
- 自分以外の人々や社会は死後、自分の存在なしに継続する
これらが紛れもない真実であるなら、エゴの言葉を聞いて生きることは、結局は虚無である。
もちろん生存のために最低限度で用いられるエゴは必要だからこそ、全ての人はエゴを持っている。一方で、エゴを消すこともまた難しい——原始仏教が目指す人々が皆悟りを開けるのなら話は別である。
自己超越主義の提案
さて、ここまでエゴが人々の生命に虚無感や不整合感を与え、死に対して明確なビジョンを持たない機構であることを確認した。
人々の自由・平等・尊重を基盤に置いた広義の個人主義的社会において、エゴが感情的・思考的・物語的な面で自己保身的かつ拡大的に振る舞うとき、狭義の個人主義——自分自身が最も重視されるべき価値であるとする——が人生を支配する。
ではどう生きるか?
自分自身ではない価値観を重視して生きることだ。
この態度を以下 自己超越主義3と便宜上呼び、また自分以外でかつ自分以上に重要な価値を 超越価値 と呼ぶことにし、狭義の個人主義と比較してどのような点で優れているかを概観しよう。
まずは死を乗り越えられないエゴと比較して、自己超越主義は:
- 超越価値は自分の死後、他者に引き継がれる可能性がある
- 超越価値は自分の死後、社会に残り続ける可能性がある
自己の外に価値を置くことで、自分よりも長く世界に存在し続けさせることが可能となる。これは必ず死ぬ自分へ投資するよりも良い、と考えるのが自己超越主義である。
以後現代的社会問題についてで並べた順に考察する。
- 孤立 不安 コミュニケーション能力の低下 婚姻率の低下
- 傷つきたくない自己 < 超越価値のためには何ができるか?
- → コミュニケーションの失敗や精神的な苦痛があろうと、超越価値に寄与できれば良い
- → 回避などの防衛規制を乗り越えてコミュニケーションを継続
- 先延ばし癖
- 超越価値のために活動できるのはタイムリミットたる自己の死まで
- いつ自分が死ぬかは分からない——超越価値のために今日出来ることは何か?
- → 課題や目的が超越価値に資する: 少しでも前進する
- → 課題や目的が超越価値に資するか分からない: 課題や目的と超越価値の関係を知ろうとする
- → 課題や目的が超越価値に資さない: やる必要はない
- 受験戦争 エリート主義 拝金主義 自己責任論
- 1. 自分は超越価値に資する人間か?
- → 真に超越価値のためになることは知識がなければ分からない
- → ステータスのための学歴・職位ではなく、超越価値の実現のための知識
- 2. 自分の子は超越価値を見つけられるか?
- → 学問や地位が何を可能にするかを教える
- → 目的意識を持った学習: 無気力や燃え尽きを抑制
- 静かな退職 権力への忖度・ゴマすり 表層主義
- 腐敗や縁故主義に阿ることが超越価値に資するか?
- 自分が死んだ後、権力に取り入ったことが超越価値を貶めないか?
- 汚職 派閥主義 ハラスメント
- 成功した立場を濫用することが、超越価値のためになるか?
- 完璧主義 ルッキズム 被害者意識
- 超越価値のために、自分は完璧でなければならないか?
- 超越価値は、自分が被害者意識を持っていても受け入れられるか?
- 学力の低下 出生率の低下
- 超越価値にとって意味があることだろうか?
- 子供は自分より長生きするだろうか?子供が自分の超越価値を肯定的に捉えるだろうか?
- 家族に超越価値の良さを分かってもらえず、誰に分かってもらえるだろうか?
自己超越主義の前提
個人の平等・選択の自由:
- 広義の個人主義から継続して擁護する
- 個人主義から自己超越主義の移行、個人主義への逆行は自由でなければならない
- 自己を含む他者を害する価値を追求しない
福祉の推進:
- 貧困・病気・事故・障害などによって超越価値への奉仕を諦めるべきではない
全体主義の否定:
- 他者に価値観を強制することの否定: 自身の選択の自由が第一
理性的説得を否定しない:
- 説得は相手を尊重した態度で、かつ限定的にするべき
- 暴挙・犯罪・エゴの増大は指摘するべき
- 感情的・高圧的なものは命に関わる事項にとどめるべき
偏見の否定:
- ある価値観を重視する人々はどのような特徴がある、といった考察に基づく言動を避ける
自己を最上位の価値とする人(狭義の個人主義)の差別の否定
価値の開示は任意であり強制されない
- 価値を人質にした搾取や、意図的な価値への攻撃を避けるため
- あくまで選択の自由の下に開示できる
自己の尊重:
- 自己のキャパシティを超えた貢献を肯定しない
- 他者にケアされる前に自分でケアする
別の価値を重視する人々の尊重
- 超越価値の再考可能性の擁護
- 実践と内省を通じて、別の超越価値への移動を歓迎する
自己超越主義から見た思想
- 民主主義と権利: 自己超越主義の前提であるが、エゴの暴走に資する可能性を危惧
- 正義: 超越価値によって相反することがある
- そもそも正義は複数あることを前提とする
- ただし自己超越主義の前提を損ねるものは受け入れない
- 譲れない点は主張しつつ、一致できる部分で協力する
- 義務: 超越価値の関係者が自分に義務を課すことはない
- 自分自身に義務を課すことで、超越価値に資する活動をする
- 「どんな行動が超越価値に資するか、超越価値を維持できるか」問い続ける
- 社会主義: 福祉面の充実についてのみ同意する
- 資本主義: 自由を養護する点で同意する
- エゴを強化し、能力を数値化しようとする部分を批判する
- 社会的進化論: 過去の思想とその揺り戻しがある点で同意する
- 過去の反省に基づかない揺り戻しは批判されるべき
- つまり揺れ動きながらも前に進む様相として理解する
- 経験主義: 自己超越主義の実践として重視する
- 個人主義における人々やシステムの機能不全感を根底としているため
- 自己超越主義の実践による感覚的理解や、個人主義への回帰も歓迎する
- あくまで自分がよりよく生きるための提案
- 社会的に推奨されることは望まないが、社会への提案は歓迎する
- 理性主義: 思想の発展のための道具として重視する
- 自己超越主義は主に理性主義的演繹によって考えられたため
- 超越価値の正義・義務の実践の中で必要な内省に不可欠な態度である
- スピリチュアリズム: エゴへの警鐘を共有する
- 反証不可能な神性やカリスマ的存在は、自己超越主義には不要と考える